これは、
顔立ちやハゲ方も含めた、
あくまで私の場合の感覚です。
アートメイクという選択肢を知ってからも、
すぐに決断できたわけではありませんでした。
坊主にすれば解決すると思って始めたのに、
そうはならなかった。
アートメイクは、
その延長線上にある選択です。
少なくとも、
勢いで決められるものではありませんでした。
それでも、
時間をかけて考えるうちに、
少しずつ気持ちは固まっていきました。
一番大きかったのは、
坊主だけでは、
薄くなっている部分を
隠しきれていなかった、
という事実です。
1〜2ミリまで短くすると、
5ミリのときよりは
確かに目立ちにくくなります。
ただ、
「分からなくなった」と
言えるほどではありませんでした。
薄い部分は、
分かる人には分かる。
その感覚が、
どうしても残っていました。
そしてもう一つ、
それと同時に
気になっていたのが、
見た目の「自然さ」です。
1〜2ミリの坊主頭は、
青々としていて、
まるで生々しい傷口を
見ているような感覚がありました。
隠しきれていないうえに、
自然でもない。
その状態を、
どうしても
「これでいい」と
受け止めきることが
できませんでした。
アートメイクは、
薄毛そのものを
治す方法ではありません。
ただ、
坊主という前提を保ったまま、
隠しきれていなかった部分を補い、
全体の印象を
一段、穏やかにしてくれる。
その「一段」が、
当時の自分には
必要なものだと
感じられました。
もう一つ、
この時点で
頭のどこかにあった考えがあります。
アートメイクで
薄くなっている部分が
ある程度補われれば、
坊主の長さを
ほんの少しだけ
長くできるのではないか、
という算段です。
1〜2ミリという
極端に短い坊主は、
どうしても
違和感が大きい。もし、
もう少し長さを出しても
耐えられるようになるなら、
見た目の印象は
だいぶ変わるはずだ。
アートメイクを考えた理由には、
そんな
現実的な期待も、
確かにありました。
考える中で、
もう一つ
はっきりしてきたことがあります。
私は、
見た目を気にしていない
つもりでいました。
ハゲたらハゲたでいい。
人間、中身の方が大事。
そう思っていたはずです。
でも実際には、
あの頭を
そのまま外に出すことに、
強い抵抗がありました。
「私は見た目を気にしている」
その事実から、
どうにも逃れることが
できないことを知り、
受け入れざるを得ませんでした。
アートメイクを選んだのは、
なんとかラクになりたい、
という気持ちの
表れだったのかもしれません。
そして、
もう一つ、
この時すでに
意識していたことがあります。
それが、
子どもたちの存在でした。これから先、
子どもたちが
成長していく中で、
父親の見た目を
気にする時期は
きっと来る。
できることなら、
その時期までは、
なるべく
「普通のお父さん」で
いてあげたい。
そんな思いが、
自分の中に
確かにあったのだと思います。