鏡や写真を見たとき、
「あれ?」と思うことがありました。
違う。気のせいだ。
まだ43歳だし、さすがにもう少し先だろう。
そう思いながらも、なぜか同じ場所を何度も確認している自分がいました。
最初は、はっきりと
「薄くなった」と思ったわけではありません。
ただ、鏡を見るたび、写真を撮るたびに、
ほんの一瞬、視線が同じところに戻る。
そんなことが、少しずつ増えていきました。
決定的だったのは、他人の言葉でした。
帰省したとき、母親から
「薄くなった? 光の加減かな?」
と言われました。
仕事先のおばあさんからは、
「なんかスカスカしてきたね」
と、悪気なく言われました。
美容院でも、
それまで一度も勧められたことのなかった
頭皮マッサージを提案されるようになっていました。
どれも一つひとつは些細な出来事です。
誰かに強く指摘されたわけでも、
はっきり「ハゲた」と言われたわけでもありません。
でも、重なると違いました。
もう間違いない。
そう確信せざるを得ませんでした。
今振り返ると、
最初の違和感は40歳を過ぎた頃から、
何度も繰り返していたのだと思います。
正直、ショックがなかったわけではありません。
ただ、最初に出てきた感情は、
強い驚きや絶望というより、
「ああ、やっぱりか」というものでした。
家系的にも、
いずれそうなることは分かっていました。
今思えば、
そのことが、
最初の反応を
どこか冷静なものにしていたのだと思います。
そこから、
結婚して子どももいるし、
これから恋愛をするわけでもない。
そうやって、
少しずつ自分を納得させようとしていました。
だから理屈の上では、
「仕方がない」「受け入れるしかない」
と、自分に言い聞かせることもできました。
その場では、
それで納得できたような気もしていました。
でも、正直に言うと、
自分はもう少し
懐の広い人間だと思っていました。
ハゲたらハゲたでしょうがない。
人間、中身の方が大事なんだから。
そう言える自分でいられると、
どこかで思っていたのだと思います。
ただ実際には、
そんなに簡単ではありませんでした。
理屈では納得しようとしているのに、
気持ちのほうが追いつかない。
不安というほど強い感情ではないのに、
穏やかではいられない。
想像していた以上に、
心はざわついていました。
まだ何かを決めたわけではありません。
この時点では、
ただ「気づいてしまった」というだけです。
ただ、一つだけ確かなことがありました。
以前のように、
何も考えずにいられる状態には、
もう戻れなくなっていたということです。