※これはあくまで、
当時の状況や性格も含めた、
私の場合の話です。
結婚してみて、
まず感じたのは、
「特別に大変というわけではないな」
という、少し拍子抜けするような感覚でした。
結婚前から、
結婚生活に強い幻想を
抱いていたわけではありません。
楽しいことばかりではないだろう。
多少の調整や我慢は必要だろう。
そのくらいの想像はしていました。
実際、
夫婦二人だけで暮らしていた頃は、
はっきり言って、
大変だと感じることは
ほとんどありませんでした。
夫婦二人の生活は、想像より静かだった
生活は安定していて、
やるべきことも分かりやすい。
意見の違いが出ることはあっても、
話し合えば調整できる範囲でした。
「協力してやっていく」という言葉も、
この段階では、
それなりに機能していたと思います。
結婚前に考えていた
「家庭を支える」という問いも、
この頃は、
まだどこか抽象的でした。
現実ではあるけれど、
切迫した重さは、
まだ感じていなかった。
変わったのは、子どもが生まれてから
その感覚が、
はっきりと変わったのは、
子どもが生まれてからでした。
生活は一気に忙しくなり、
自由は、
目に見えて減りました。
時間も、体力も、
常に足りない。
こちらの都合で
物事を決められる場面は、
ほとんどなくなりました。
「家庭を支える」という問いは、
このとき、
初めて具体的な重さを持って
立ち上がってきたように思います。
「協力」だけでは足りなかった
結婚前の私は、
家庭というものを、
「協力してやっていくもの」
だと考えていました。
もちろん、
協力は必要です。
ただ、
子どもがいる生活では、
それだけでは足りませんでした。
余裕のある側が、
余裕のない側を
長時間、支え続ける。
その余裕が、
いつもあるとは限らない。
それでも、
生活は止まらない。
そういう現実が、
当たり前のように続いていきます。
相手は、想像通りではなかった
当たり前のことですが、
相手は、
自分の想像通りの人ではありません。
考え方も、
感じ方も、
大切にしていることも違う。
「分かり合えれば何とかなる」
と考えていた部分も、
正直、あったと思います。
でも実際には、
分かり合えないまま、
生活は進んでいく。
その中で、
折り合いをつけ、
選び直し、
引き受け直す。
そうした作業が、
日常になっていきました。
それでも、逃げたいとは思わなかった
この生活は、
楽ではありません。
思っていたのと違うことも、
たくさんあります。
それでも、
結婚しなければよかった、
とは、あまり思いませんでした。
たぶんそれは、
結婚が
「幸せになるための選択」
ではなく、
「家庭を支えられるかを試す選択」
だったからだと思います。
試してみて、
想像以上にハードだった。
でも、
だからといって、
元に戻りたい、
という感覚にはならなかった。
子どもという存在
子どもたちは、
私にとって、
とても大きな存在です。
理屈では説明できないほど、
可愛い。
同時に、
想像以上の負荷も
運んできました。
喜びと、責任と、
逃げ場のなさ。
その全部を、
一緒に連れてくる存在でした。
「していない自分」より、今の自分
今の生活を、
誰かに勧めたいとは思いません。
向いているかどうかは、
人によって違う。
ただ、
自分自身について言えば、
結婚しなかった自分よりも、
結婚して、
引き受けている今の自分の方がいい。
そう思っています。
それは、
我慢している、
という感覚とも違います。
選んだ結果として、
その場に立ち続けている、
という感覚です。
まだ、判断は終わっていない
結婚して、
子どもが生まれて、
生活が続いている。
それで、
何かの結論が出た、
という感じではありません。
今も、
考えながら、
やりながら、
修正しながら、
進んでいます。
ただ一つ言えるのは、
このハードさは、
確実に自分を鍛えている、
ということです。
返していきたい、という感覚
子どもたちから、
たくさんのものを
受け取っている。
喜びも、
覚悟も、
責任も。
それを、
どう返していくか。
今は、
そのことを考えています。
結婚について、
何かの結論を出すつもりはありません。
これは、
あくまで途中の記録です。
こうして、
結婚生活は続いていきました。
ただ、
相手や関係についての
考え方は、
少しずつ変わっていきます。
結婚編⑥ 相手は、想像できる存在ではなかった