※これはあくまで、
当時の状況や性格も含めた、
私の場合の話です。
結婚して、生活を続ける中で、
何度も感じてきたことがあります。
相手は、
自分の想像していた人ではなかった。
それは、
性格が違う、
価値観が合わない、
という話だけではありません。
正直に言えば、
「世の中に、こんな人がいるとは知らなかった」
という感覚に近い。
今思うと、
私はかなり世間知らずだったのだと思います。
人は、思っている以上に分からない
介護の仕事で独立してから、
求人の応募者と面談をする機会が
何度もありました。
短い時間でも、
ある程度、
その人がどういう人かは
感じ取れるようになります。
ただ、それはあくまで一部です。
一緒に働き始めて、
時間を重ねて、
状況が変わって、
初めて見えてくるものの方が、
圧倒的に多い。
結局のところ、
人のことは、
最後まで分かりきることは
できない。
そう感じています。
結婚相手も、同じだった
結婚相手も、
例外ではありませんでした。
どれだけ考えても、
どれだけ想像しても、
自分の頭の中で描いた人にはならない。
それは、
選び間違えた、
ということでもなく、
見誤った、
ということでもなかった。
そもそも、
人は、
こちらの想像に収まる存在では
なかったのだと思います。
引き受け方について、今思っていること
結婚する前の私は、
家族全員を幸せにできるかどうか、
という問いを、
かなり真剣に考えていました。
自分が引き受ける側に回り、
うまく導けるのか。
その役割に耐えられるのか。
少なくとも、
そういう構えで、
結婚を選んだのは確かです。
ただ、
実際に生活が始まってみると、
一つ、はっきりしたことがありました。
私が幸せに導こうと思っても、
相手が、
そうしたいとは限らない。
それは、
拒否される、
というよりも、
そもそも、
目指しているものが
違う、という感覚に近い。
その現実に直面してから、
私は、
少しずつ関わり方を変えていきました。
相手を尊重する。
でも、
自分が思う方向へ
積極的に動かそうとはしない。
どこかで割り切った、
というよりも、
そういう距離感に
落ち着いてしまった、
という感じです。
分からないまま引き受けるのは、
正直、楽なことではありません。
それでも、
この関わり方が、
今の自分には、
一番無理が少ない。
そう感じています。
子どもについて
一方で、
子どもに対しては、
少し感覚が違います。
子どもは、
はっきりと求めてくる。
甘えたい、
構ってほしい、
見てほしい。
そこに対しては、
できる限り、
全力で返したいと思っています。
それが正しいかどうかは、
分かりません。
ただ、
今のところは、
そうしたいと思えている。
分からないまま、続いている
この選択が正しかったかどうかは、
今も分かりません。
結婚について、
何かの結論を出すつもりもありません。
分からないことは、
今もたくさんあります。
ただ、
分からないままでも、
生活は続いている。
引き受けきれない部分を抱えたまま、
それでも、
その場に立ち続けている。
その実感だけは、
確かにあります。
それで十分だと、
今は思っています。