これは、
顔立ちやハゲ方も含めた、
あくまで私の場合の感覚です。
5ミリ、4ミリ、3ミリと試してみて、
それでも、
まだ何かが足りない気がしていました。
短くすればするほど、
密度の差は分かりにくくなる。
そう信じていたからです。
そうして、
ついに1ミリまで短くしました。
正直に言うと、
5ミリのときよりも、
1ミリのほうが
目立ちにくくなったのは確かです。
密度の欠けも、
かなり分かりにくくなりました。
ただ、
「隠せた」と言えるかというと、
そうではありませんでした。
薄いこと自体は、
分かる人には分かる。
その感覚は、
まだ残っていました。
妻は、
突然の坊主頭に少し驚いていましたが、
「いや、そろそろかなと思ってさ」
と伝えると、
「え〜、まだいいでしょう?」
と返ってきただけで、
それ以上深く聞かれることは
ありませんでした。
当時3歳だった子どもは、
最初は少し戸惑った様子で、
見慣れない頭の人が
近づいてきた、
という感じであとずさりしました。
一応、
目立ちにくくはなった。
でも、
完全に気にしなくて
よくなったわけではない。
それが、
1ミリまで短くして
分かったことでした。
それでも当時の私は、
「これ以上、
どうやって補えばいいのか」
はっきり分かっていませんでした。
坊主でいくなら、
これが限界なのかもしれない。
そんな考えが、
頭の片隅にありました。
ある日、
外出先でふと、
窓ガラスに映った自分を見て、
強い違和感を覚えました。
1〜2ミリの坊主頭が、
どうにも自然に見えない。
青々としていて、
まるで生々しい傷口を
見ているように感じました。
目立ちにくくはなっている。
でも、
自然ではない。
その瞬間、
これまで感じていた
ざわつきの正体が、
少し分かった気がしました。
それから、
なんとなく帽子が
手放せなくなりました。
直射日光が熱いとか、
冬は寒いとか、
理由はいくらでもありました。
でも本当は、
あの頭を
そのまま外に出すことに、
どこか抵抗があったのだと思います。
坊主にすれば楽になるはず。
そう思って始めたのに、
それで解決した、
という感じは
やはりありませんでした。
坊主でいくなら、これが限界かもしれない。
そう感じ始めた頃に、別の選択肢を知ることになります。