これは、
顔立ちやハゲ方も含めた、
あくまで私の場合の感覚です。
AGA治療を始めてから、
ある程度の時間が経ちました。
最初の頃のように、
変化を毎日気にしたり、
一喜一憂したりすることは、
もうほとんどありません。
いまの自分は、
とても静かな場所に
落ち着いています。
「治したい」より、「困らなくなった」
正直に言うと、
今の私は
「もっと生やしたい」と
強く思っているわけではありません。
薄毛が
完全に気にならなくなった
わけでもありません。
ただ、
困らなくなった。
それが一番近い感覚です。
鏡を見るたびに
気持ちがざわつくことは減り、
外に出ることに
身構えることもなくなった。
それだけで、
十分だったのだと思います。
いまの状態が「ちょうどいい」
アートメイクで
欠けていた部分がなじみ、
AGA治療で
少しだけ毛量が戻った。
その結果、
坊主の長さを
4ミリから、
トップ1センチ前後まで
伸ばせるようになりました。
これが、
自分にとっては
大きな変化でした。
短すぎる坊主の
不自然さは減り、
かといって
髪型に手間をかける
必要もない。
自然と言うには短いけれど、
不自然ではない。
いまは、
そのあたりで
落ち着いています。
「続ける」と「やめる」を、最初から固定しない
AGA治療について、
私は最初から
「一生続ける」と
決めていたわけではありません。
今も同じです。
もし、
いずれ
「もういいかな」
と思う時が来たら、
そのときは
AGAの薬を
ストップすると思います。
すでに坊主なので、
そこから
薄毛が進行していっても、
見た目の落差は
比較的緩やかです。
そして何より、
やめたとしても、
多少ハゲていくだけのこと。
人生が
破綻するわけではありません。
それでも、今は「続けている」
では、
なぜ今も
治療を続けているのか。
理由は
とても単純です。
今の状態が、楽だから。
- 散髪は自分で済む
- 美容院に行かなくていい
- 大きな費用もかからない
- 見た目を気にする時間が減った
このバランスが、
今の自分には
ちょうどいい。
だから、
無理にやめる理由も、
無理に続ける理由も、
どちらもありません。
「選べる状態」でいることが大事だった
振り返ると、
私が一番欲しかったのは、
結果そのものよりも、
選べる状態
だったのだと思います。
- 続けてもいい
- やめてもいい
- 坊主のままでもいい
- 伸ばしてもいい
どれか一つに
縛られていないこと。
それが、
気持ちを
一番ラクにしてくれました。
いまの私は、ここにいる
いまの私は、
- 完全に受け入れたわけでもなく
- 抗い続けているわけでもなく
その間の、
とても中間的な場所にいます。
でも、
その場所が
一番長く立っていられる
気がしています。
AGA治療は、
私にとって
「戦う手段」ではありません。
少し楽に生きるための、
一つの選択肢です。
今は、
それで十分です。